イタリア出張記 : サルヴァトーレ・ソレンティーノを訪ねて③ (2025年10月5日〜10月13日)


イタリア出張記 : サルヴァトーレ・ソレンティーノを訪ねて③ (2025年10月5日〜10月13日)


2026.01.08

(イタリア出張記:サルヴァトーレ・ソレンティーノを訪ねて②の続きです)


ナポリという街

 

「ナポリを見て死ね」という言葉を、耳にしたことがある方も多いかもしれません。
これはドイツの詩人ゲーテがイタリア滞在中に残した“Vedi Napoli e poi muori”という言葉に由来すると言われています。

文字通りの意味ではなく、「ナポリの美しさは人生の頂点であり、それを見たならもう悔いはない」そんな強い感嘆が込められた表現です。

 

そんな言葉を思い浮かべながら実際にナポリに初めて降り立ったとき、私の頭に浮かんだのは「汚くて、美しい、不思議な街」という率直な感想でした。

抜けるような青空、歴史ある建物、遠くに見えるヴェスヴィオ火山の圧倒的な存在感。
一方で、壁には無数の落書きがあり、道端にはごみが残り、車はクラクションを鳴らしながら思い思いに行き交っています。

 

秩序と混沌が、驚くほど近い距離で同居している。
そんな街でした。

 

 

 

日本であれば、歴史ある都市には景観保護や明確なルールが設けられることがほとんどです。
しかしナポリではそうした「整えられた美しさ」よりも、生きている人間のエネルギーそのものが街を形づくっているように感じました。
不思議なことに、その結果として街全体のバランスが保たれているようにも思えたのです。

 

この背景には、ナポリの歴史が深く関係しているのだと思います。
古代ギリシャにはじまり、ローマ、スペイン、フランスなどナポリは時代ごとに、さまざまな国の支配を受けてきました。
その過程で多様な文化や人種が混ざり合い、「違いがあること」が前提となる社会が育まれてきたのだと思います。

 

現地の人と話していると「私たちはイタリア人だ」ではなく、「私たちはナポリ人だ」という言葉を何度も耳にしました。

それは国籍や血筋を示す言葉というよりも、もっと内面的な価値観や生き方そのものを指しているように感じます。

 

象徴的なのが、ディエゴ・マラドーナの存在です。
彼は今でも「ナポリの王」と呼ばれ、街のあちこちに壁画が描かれています。
アルゼンチン出身でありながら弱小だったSSCナポリを2度のリーグ優勝に導き、街と人に寄り添い続けたその姿勢が人種や出自を超えて「ナポリ人」として受け入れられたのでしょう。

その後の数々の問題さえも含めて今なお愛され続けているところに、この街の懐の深さと良い意味でのカオスを感じます。

 

ナポリの第一印象は風景だけでしたが、マラドーナが愛されていることや人々の振る舞いに触れるうちに、この街の魅力は風景そのものだけではなく、多様なナポリ人の生き方が幾重にも重なり合ってできているのではないかと感じるようになりました。

 

 

ナポリの人々と接していると、他人の評価や世間体よりも自分がどう感じ、どう信じているかを軸に生きているように思えます。

マラドーナが今なお愛され続けている理由も、彼が完璧だったからではなく「ナポリのためにどう在りたいか」を貫いたからなのかもしれません。

良いところも、弱さも含めて受け入れる。
その姿勢こそが、ナポリという街の人間らしさなのだと感じました。


私たちがナポリの職人たちと一緒にものづくりを続けている理由も、まさにそこにあります。

自分が愛するものを大切にし、長くともに過ごし、自分らしく生きていく。

鞄を通して、この土地の思想や魂を日本のお客様にも感じてもらい、「ナポリの職人の手仕事に、日本で生きる誰かの生き方が重なり、使いながら完成していく、ひとつだけの鞄」として、ぜひ長く愛していただけたらと思い商品を作っています。

商品を手に取りその背景を知ることで、少しでもナポリの空気が伝われば、これほど嬉しいことはありません。

 

 


 

新商品の開発


今回の訪問目的のひとつが、新商品の企画打合せでした。
現在検討しているのは、ビジネスリュックと横型トートバッグです。


当ブランドの商品は、日本人の使い方や生活に合わせた企画を日本側で整理し、デザインや細部の表現をイタリアのメンバーと議論しながら詰めていきます。
最終的には、イタリアの素材を用い現地の職人がすべて手作業で仕立てています。

 

今回の新商品であるビジネスリュックや横型トートバッグは、日本では一般的ですがイタリアでは日常的に使う文化があまりありません。
彼らにとっても、今回のアイテムは初めてつくる形状でした。

そのため、仕様や使い方をかなり細かく説明する必要があります。
打合せの場では理解してくれているようでも、いざサンプルが届くと「伝えたはずのポイントが違う形になっている」ということもあります。

 

彼らは良くも悪くも自分たちの感性に正直で、仕様書通りにつくるよりも「こうした方が美しい」「この方がブランドらしい」と感じた部分を、自然と加えてきます。
それが想像以上に良い方向に転ぶこともあれば、少し方向がずれてしまった、ということもあります。

実は今回のサンプルは後者でした。
現在はその課題を整理し、次のサンプルでは意図が正しく伝わるよう、仕様書を改めて練り直しているところです。


こうしたやり取りは、決して効率的とは言えません。

私たちとしては、使い方や品質について細かく確認したくなりますし、正直に言えば彼らの仕事ぶりを大らかすぎると感じる場面もあります。

一方で彼らは日本の感覚を完全には知らないからこそ、自分たちが良いと信じるものをつくろうとします。
その姿勢は時に食い違いを生みますが、日本にはない表現や個性ももたらしてくれます。

明らかに意図と異なるものは受け入れられませんが、彼らの感性まで削いでしまわないように、どこまでを譲りどこを守るのかを探り続けています。


人がつくり、人が判断し、人が迷うという積み重ねの先にしか生まれない個性が、この鞄には宿っているのだと感じています。

完成品だけでなく、そこに至るまでの試行錯誤もこういった場でお伝えすることで、少しでも身近に感じていただけたら嬉しいです。

 


 

最後に・・・

 

正直に言えば、今回の訪問で「ナポリを見て死ね」という言葉に完全に同意できたわけではありませんでした。
この街が持つカオスを、まだ理解しきれなかったからです。
ゲーテは当時の風景を見てこの言葉を残したのかもしれませんが、時代が変わり、街の姿も人の在り方も、当時とは違っていると思います。

ただ、今こうして振り返ってみると、この言葉は単に「美しい景色」を指しているのではなく、そこに生きる人々の思想や文化、価値観まで含めて見つめるべきものなのではないかと感じるようになりました。

 

もし「もう一度ナポリを訪れたいか」と問われたら、答えは迷わずイエスです。
きっと訪れるたびに少しずつ理解が深まり、いつかは自分自身も誰かに向かって「ナポリを見て死ね」と言いたくなる。
そんな不思議な魅力を、この街は確かに持っているように思います。


 

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